大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)863号 判決

上告人

三栄信用組合

右代表者

雨宮良晴

右訴訟代理人

雪下伸松

被上告人

伊藤忠商事株式会社

右代表者

戸崎誠喜

右訴訟代理人

豊田泰介

熊谷康一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人雪下伸松の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件根抵当権の順位譲渡は順位譲渡人と順位譲受人との中間に担保権者が存在する場合にあたるから、順位譲受人は右順位譲渡人の優先配当額を限度に順位譲渡の効力を受けるにすぎないとして、右の趣旨に従つて作成された本件配当表を適法とした原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 横井大三 伊藤正己)

上告代理人雪下伸松の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈の誤がある。

一、原判決がそのまま是認した第一審判決は、「そもそも順位を譲渡する担保権と順位譲渡を受ける担保権の中間に担保権が存在する場合には、その順位の転換はあくまで相対的であるので、中間順位者に対する関係では順位譲渡がないのと同様の法律関係になるのである。即ち、根抵当権の順位が譲渡された場合には、順位の譲受人は、順位を譲渡した根抵当権者の優先配当額を限度としてしか順位譲渡を受けることができないと解するを相当とする。」、そして、「本件競売においては前記のとおり、順位譲渡人である訴外都商工の被担保債権が全く存しない以上、何らかの弁済を受ける権利もないので、譲受人たる原告は、その本来の順位(第四・五順位)においてこれが配当の有無が決せられるのは当然である。従つて、本件においてなされた配当は妥当であり、そのために作成された本件配当表は適法というべきである。」として上告人の請求を棄却した。いわゆる相対的効力説に立つものである。

二、しかしながら、(根)抵当権は極度額、債権額について担保価値を優先的に把握しているものであり、その順位の譲渡は処分時の極度額(根抵当権)または債権額(抵当権)が重なる範囲において順位の絶対的な転換・交換を生ずるものであり、第一審判決のいうように相対的な効果に止まるものではないといわねばならない。順位譲渡の効果は物権的に生じ、附記登記によつて公示されるのであるから、譲受人は優先弁済権を有するに至つたことを中間担保権者ら第三者にも主張することができる。これが法律関係を簡明にし、かつ当事者の意思に合する(最判昭三八・三・一民集一七巻二号二六九頁、昭二五・六・二二民事局長回答民事甲一七六〇号、柚木馨・高木多喜男注釈民法(9)二七六頁)。

三、第一審判決は、絶対的な順位の転換を生ずるものとすると、中間担保権者の権利が害されるという。即ち、順位譲渡が行われなければ、順位一番の根抵当権の被担保債権が皆無のときは順位二番の担保権は当然一番に上昇するにかかわらず、一番根抵当権の順位が二番の担保権者の同意なしに三番の抵当権者に譲渡されたことにより、譲受人が根抵当権の極度額を限度として順位一番の優先権を行使することができることとなるので、二番担保権者の権利が害されるというのである。

しかし、一番根抵当権の極度額は登記されており、後順位担保権者(本件被上告人)は当初から一番根抵当権の設定されていることを承知の上で、その極度額を差引いた残存不動産価格のみを考慮に入れて後順位担保権を設定しているのであるから、一番根抵当権の極度額を行使されても何ら不測の損害を蒙るわけではなく、毫も権利が害されることにはならない。そのために登記するのである。

のみならず、順位譲渡をした根抵当権は後順位となるのであるからよほどの馬鹿か、特段の事情でもない限りその被担保債権が増加せず、或いは減少し、皆無となるのは当然であり、あたかも順位譲渡がない場合の如きを想定して非難するのがそもそも失当である。本件東京都商工信用金庫の根抵当権の被担保債権が皆無であるのは、その順位を譲渡したからである。配当時における確定現存債権額を基準とし、相対的な効力を生ずるに止まるとする説は、根抵当権取引の実情を無視した観念論である。

後順位担保権者にとつて、先順位根抵当権の確定現存債権額が極度額を下回ることによつて受ける利益は、正に望外の利益であり、単なる反射的利益に過ぎない。

四、更に相対的効力説は、民法三七六条二項を論拠とし、処分された抵当権がその後消滅することなく配当時まで存続することが、処分による受益主張の前提要件であり、処分された抵当権が弁済等により消滅してしまえば、譲受人の地位は覆えるというのである。

然しこれは、転抵当以外の処分については不当に抵当権の附従性に膠着するものであつて、近代抵当権の指向する附従性の緩和の努力に逆行するだけでなく、抵当権処分の制度の効用を著しく減殺し(本件のような順位譲渡による借替の途を閉す。)、些末な議論で徒らに法律関係を紛糾させるものである。抵当権の処分(転抵当を除く)は、抵当権が被担保債権から切離され、独立して処分されるものであり、その後は譲受人の債権を担保するものとなつて、譲渡人の有した債権の弁済等による影響を何ら受けなくなるものである。実際界においても、順位譲渡は単純に順位が転換すると考え、民法三七六条二項の問題を顧慮することなく、平気で譲渡人に弁済することが多いといわれる(法律時報二八巻一二号我妻、加藤、香川ほかの座談会「抵当権の処分と移転(二)」九〇頁の発言)。

旧根抵当については、極度額をもつて処分利益を考え、その重なる範囲で順位の絶対的な転換・交換を生ずるとする立場からは、被担保債権の額に関係なく極度額という枠で固定されているが故に、民法三七六条二項を適用する余地はないのであるが(前掲注釈民法(9)二七七頁)、そもそも同条項は転抵当に関する規定であつて、順位譲渡には適用がないというべきである(右法律時報の座談会において、香川説による説明をきいた後の、加藤「この条文(民法三七六条二項)の前提自体がおかしいんですね。転抵当なんかの場合はこれでいつていいと思うけれども、順位譲渡のような場合に適用すると、どうしても社会通念とは違つてきますね。むしろ順位譲渡の場合には、順位そのものが入れかわつているので、もとの順位ということはもはや問題にならないというべきいやないでしようか。」、我妻「そのとおりですね。後略」という発言(九一頁)及び中島玉吉民法釈義物権編下一一〇三頁ご参照)。

五、他に絶対的効力説に立つ学説としては、右加藤、我妻発言のほか、現行民法の起草委員梅謙次郎・民法要義巻之2三七六条解説及び法典調査会民法議事速記録第一六巻九四丁、一一九丁、中島玉吉・前掲一〇九一頁、田島順・担保物権法二五一頁(この個所はドイツ民法の説明のようでもあるが、全体として同氏が絶対的効力説に立つことは明らかである。)、鈴木禄弥・抵当制度の研究二〇六頁以下。

なお、法務省民事局付検事村岡二郎・金融法務事情一二七号・一三一号「抵当権処分の効果についての若干の問題」も、処分後は譲渡人の債権の消滅による影響を受けないとするものであるから、絶対的効力説であるといわねばならない。同氏は、「附従性を無視するときは、実際的にも抵当権設定者や後順位抵当権者の地位を不当に害する結果となる場合が多い。」としつつ、「他方、附従性に膠着する解釈態度は、抵当権処分の制度の効用を著しく滅殺する。抵当取引を促進させ、投資の媒介としての抵当権の機能を十分に果させるためには、完全に独立性を有する抵当権が理想とされるのであるが、この独立性に一歩でも近付くことがこの制度の効用を増す所以であることはいうまでもない。」とする。

六、以上、要するに、(根)抵当権の順位譲渡は、極度額債権額の重なる範囲において順位の絶対的な転換・交換を生ずるとする絶対的効力説が、理論的にも実際的にも妥当である(前掲注釈民法(9)二七七頁)。原判決は当然破棄されるべきである。

第二点 原判決は最高裁判所判例に違反する。

一、原判決は、上告人が原審で引用した前掲最高裁判所判例は本件に適切でないから採用できないと判示する(なお、上告人は、原審で大審院判例昭一〇・一二・二四民集一四巻二一一六頁をも掲記したが、これは、絶対的効力説に通ずる考えが述べられるというという意味で「参照」としているにすぎない。)。

二、しかし、右判例は、相対的効力説の立場からすると上告理由、即ち、「所謂抵当権の順位譲渡は同一の債務者に対する先順位の抵当権者から後順位の抵当権者に行われるものであつて現行法上先順位の抵当権は依然として残つていて後順位の抵当権がその上に乗つているものと解釈するのが妥当である。(民法三七六条第二項参照)すなわち本件についていえば松本の弐番抵当権(昭和二八年一二月一日第二一五八二号)は被上告人(控訴人)の壱番抵当権(昭和二八年一〇月二三日第一九一一七号)と完全に入れ替つたのではなく右松本の抵当権が被上告人の右抵当権に乗りかかることによつて抵当権の順位が壱番として取扱はれるに過ぎない。」とする上告理由を斥け、上告を棄却して次のとおり判示したのである。

「けだし、抵当権の順位の譲渡は譲渡人と譲受人間の順位の転換を生じ、譲受は譲渡人の有した抵当権の範囲及び順位において抵当権者となるものであるから、例えば第一順位の抵当権を譲り受けた第二順位の抵当権者は順位譲受の結果第一順位の抵当権者となり、従前の第一順位の抵当権者は第二順位の抵当権者となるのであつて、既に第一順位となつた抵当権者の抵当権は第二順位となつた抵当権者がその後債務者より自己の抵当債権の弁済を受けたからといつて影響を蒙るべきいわれはないからである。然らば……中略……これと同趣旨に出でた原判決は正当であつて、所論は独自の見解というの外なく採るを得ない。」。

三、この事案は、相対的効力説の立場からしても、問題となつた代物弁済は順位譲受人の承諾がないままなされまものであるから譲受人に対抗できない(民法三七六条二項)という理由によつて同一の結論に達することができたのである。然るに右判例は、敢えて民法三七六条二項を引用せず、「例えば第一順位の抵当権を譲り受けた第二順位の抵当権者は、順位譲受の結果第一順位の抵当権者となり、従前の第一順位の抵当権者は第二順位の抵当権者となるのであつて、既に第一順位となつた抵当権者の抵当権は、第二順位となつた抵当権者がその後債務者より自己の抵当債権の弁済を受けたからといつて影響を蒙るべきいわれはない」、というのであつて、どうみても絶対的な順位の転換を生ずるという理論を宣明したものというほかはない。

されば、右判例理論は当然本件にも適用されるべきであり、原判決は破棄を免れない。

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